白い船

この映画は角松敏生さんが音楽を担当したという一部ファンへの話題性を通り越した本当の感動がある。


ストーリーだけを話したならば、微笑ましい実話を描いた学童映画と思うだろう。

しかし、誰もが感動する。

そこには現代社会に生きる人々が忘れてしまったものがある。
 
 
 
 
白い船は子供たちを乗せて新潟を出港し、博多へ向かう。

(大型客船は決められた航路を決められた時間に安全を保証しながら航行する。)

途中、故郷である島根の海岸線の前を通りかかる。
 
その時、島根の漁港から親たちを含む町の人達が一斉に漁船を出して白い船の通過を祝福する。
 
漁港や防波堤からも大勢の町の人たちが子供たちを乗せた白い船の通過を祝福し、
皆が一斉に手を振り”おーい”と叫ぶ。

大型客船は優雅に航行し、その横を小型の漁船が何隻も伴走する。

誰もがただ手を振り”おーい”と叫び続ける。

このシーンに観る人は感動する。
 
 
 
 
大海を行く子供たちを乗せた白い船は一見、優雅で勇ましいが、実は孤独の象徴である。

そこに町の人達が全員で旅の安全を願い、仕事そっちのけで応援のためだけに手を振ってくれている。

長谷川初範さん演じる教頭先生が小学校の窓から「おーい、みんな見えるぞ」と叫ぶ。

皆の声は一方的なものである。

届いているのかさえも分からない。

でも、それでいい。

”おーい”という言葉は掛け声であり、遠くの人に気づいてもらい自分の存在をアピールするための言葉であり、離れている者同士のつながりを生むきっかけであるとともに、、相手へのエールや相手を敬う気持ちや相手を楽しませよう勇気づけようとする一方的な奉仕の心である。

この映画の”おーい”には、頑張れよ、ひとりじゃないぞ、気をつけて行って来いよ、夢が叶ってよかったな、ここにいるよ、ありがとう等、様々な意味が集約されている。

そこに人のつながりや支え合うことの優しさがある。
 
中村麻美さん演じる女性教師は”おーい”と手を振りながら、
いつしか有難うという意味で”おーい”と言っていることに気づいていない。
 
 
 
 
私たちは孤独を当然のものとし、それに耐えられない自分の心は弱いと言い聞かせながら、強がって生きている。

このシーンは一見ありそうな光景だが実社会ではめったに出会うことができない理想郷を描いている。
 
だから観客は感動する。

人に支えられて生きているということを映画を通して体験している。
 
 

 
この映画では、子供の冒険心を、一般的には否定し制止するであろう状況にも、親は認め、応援している。
  
けなし否定することが一般化された現代社会において、認め応援することの大切さを気づかせてくれる。

濱田岳さん演じる少年は、代々、引き継がれてきた町の人の優しさを引き継ぎ、大人へと成長していく。
 
 

 
レンタルビデオ屋に他のDVDに埋もれて静かに眠っている。

この映画を通して、人々の優しさに触れてみてはいかがだろうか。 
 
 
 
 
 
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