やりたいことって言うけれど…

やりたいことをやりなさいと言うけれど、自分にとってやりたいことって一体何だろう。

私は15歳前後に受けた衝撃が、その後のやりたいことに影響するのではないかと思っている。

15歳前後は自我に目覚めるときであり、世の中のもの全てが知ることと気づくことばかりで、そんな時に受けた衝撃は相対的に一番大きく、意識へ強烈に焼き付くのではないかと考えている。

また、自分の未来や可能性に制限がなく、その自分の未来や可能性と受けた衝撃を絡めて、一旦は生きる原動力に設定するからである。
 
 
 
 
アラフォーを迎えた今、その当時の衝撃と同じものを経験したとしても、きっと、そんな大きな衝撃とは感じないだろう。

なぜなら、いろいろな衝撃や驚きを経験してきており、その中の一つとして処理してしまうとともに、相対的にも上記の衝撃以上に大きく感じないからである。

また、自分の未来や可能性の制限を知り、限度を予想し、夢と現実の判断を持って衝撃をとらえるからである。
 
 
 
 
私は美術という科目が好きだった。

高校へ行ったらその科目が無くなった。

そして製造業の会社へ就職した。

それから転職を幾度か経験した。
 
振り返れば何も無かった。
 
 
 
 
中学の時以来、直接関わることの無かった美術だが、やりたいことといった時に、美術が好きだったという記憶が蘇った。

才能と言うにはあまりにも心もとなく乏しいもので二十数年という歳月は長すぎるものだし、これからやろうにもあまり時間がないような気がするが、やりたいことならやればいいのではないかと思っている。

別にそれを仕事にする必要はないし、もし仕事で関わることができたら儲けものぐらいに取り組めばいいのだ。

とにかく自分を活かしてあげることが大事なのであり、そのためには、やりたいことをやる必要があるのだ。
 
 
 
 
※上記文章は一個人の理想論の備忘録であり、誰に強要するものでもありません。